春の防災強化期間 その1―警笛
メンフィス「キャロル、これをそなたに」
キャロル「これは・・・笛?」
メンフィス「そうだ、そなたのために特別に作らせたものだ」
キャロル「まあ、綺麗・・・黄金作りで貴石がちりばめられていて」
メンフィス「護身用の警笛だ、常に身につけていよ。そら・・・こうして首にかけて」
キャロル「わっ。ふふ、ありがとう、なんだか首飾りみたいね」
メンフィス「当然だ。そなたの身につけるのだから十分に美しいものでなくてはならぬ。そこらの装身具よりも華麗に仕上げよと職人に命じたのだ」
キャロル「それで、これを吹いたらどうなるの? 兵士が飛んでくるとか?」
メンフィス「それもあるが、ここの穴を押さえてこう吹くと、常人の耳には聴こえぬ高い音が出る」
キャロル「・・・犬笛?」
メンフィス「犬ではない。くるのは“影”だ」
キャロル「影?」
メンフィス「特殊な訓練を積んだ隠密が常にそなたのまわりを守っている」
キャロル「ええっ!?」
メンフィス「通常はそなたの目には触れぬが、その笛で呼び出すことができる。事があれば使うがよい」
キャロル「・・・・・・ヒーロー番組の助っ人呼び出しアイテムみたいね。でも、それってつまり、四六時中わたしは監視されてるってこと? そんなの、なんだか嫌だわ」
メンフィス「心配いらぬ。普段はそなたの姿が目に入らぬ位置に控えるよう申し付けてある。――そなたは、わたしだけのものなのだからな。むやみに他の者に姿を見せてやる必要はない」
キャロル「・・・メンフィスったら・・・//」
◆◆◆◆◆
テティ「姫さま。どうぞお食事をお持ちいたしました。あら?お塩がありませんわね・・・」
キャロル「大丈夫よ。まかせてテティ! ピーッ」
テティ「まあっ! どこからともなくお塩が!!」
テティ「姫さま。ご所望の書物をこちらにご用意いたしました。あら?墨壷がもうからっぽですわね・・・」
キャロル「大丈夫よ、テティ! ピーッ」
テティ「まあっ! どこからともなく新しい墨が!!」
ミヌーエ「――ファラオ。なにやら“影”のものたちから悲痛な嘆願書が届いておりますが・・・いかがいたしましょう?」
メンフィス「・・・・・・・・・・・・」
メンフィス「さあキャロル、この小船に人形を乗せてナイルに流すのだ」
キャロル「ええメンフィス。お人形に穢れをうつして川に流すのね」
メンフィス「そうだ、無病息災と一年の幸いを祈願して……」
キャロル「ふふふ♪」
メンフィス「キャロル?」
キャロル「あ、ごめんなさい。ちょっとね、面白いなと思って」
メンフィス「面白い? 何がだ?」
キャロル「あのね、昔……といっても未来での話なんだけど、これとよく似た風習の話を聞いたことがあるの。遠い、東洋の風習で、私にはあまり馴染みのないものだったんだけど、それと同じような慣わしがこの古代エジプトにあったなんて。もしかしたら、この行事が遠く異国の地まで伝わって、起源になっていたのかもしれないわね。それとも、やっぱり偶然かしら? 遠く離れた地で、同じような神話や風習が残されていることは、民俗学では良くある話だし……どちらにしても興味深いわっ!」
メンフィス「……そなたは、また、わけの分からぬ独り言を……」
キャロル「あん、メンフィス、ベールをひっぱらないで! もうっ、せっかく人が歴史の不思議にひたっていたのに」
メンフィス「それ、しゃんとせぬか。民がそなたを見ておるぞ」
テティ「姫さま、どうぞこの人形を」
キャロル「ありがとう、テティ」
テティ「……それにしても、このお人形。なんだかどなたかに似ていますねえ」
キャロル「そう? 誰に?」
テティ「こちらの、あご髭がもしゃもしゃしたお人形はヒッタイト王に。そっちの頭に角の生えた人形は、あのミノアのこわーい海獣に似ていませんか??」
キャロル「そう見える?」
テティ「はい。こっちの……舌をぺろっと出したお人形はよく分かりませんけれど。派手な房飾りの衣装ですね」
キャロル「そうね。アッシリアの民族衣装だわね」
テティ「ええと、姫さま。これらのお人形は姫さまの……」
キャロル「特注品よ♪ さすがエジプトの職人は腕がいいわね。どれも特徴ばっちり、これならきっと効果抜群ね」
テティ「効果って……」
キャロル「流しびなは厄や穢れを払う物忌みの行事。どうせなら、移し身の穢れと一緒に、厄本体も流れていってくれれば一石二鳥でしょ。でもお人形のモデルは候補者が多くてさんざん迷っちゃったわ★」
メンフィス「キャロル、何をしておる。早く人形を流さぬか」
キャロル「は〜い、メンフィス♪」
親愛なるミラ
こんにちは、お元気ですか?
こちらはみな変わりなく過ごしています。
先日の、イズミル王子によるわたしの拉致事件も、なんとかうやむやの内に決着がつきそうでほっとしています。
またわたしが原因で戦争だなんて冗談じゃないもの!
必死の説得工作の甲斐がありました。(これでも結構体を張ったのよ・・・大変だったわ)
それはともかく。そちらの王子様の具合はいかがですか?
ずいぶん良くなってこられたと聞いていますけれど、またハットウシャを離れられるときにはきっと!連絡してくださいね。厳戒態勢をしきますから。(本当はそんな必要がなくなるように諦めてくれれば一番良いのだけれど・・・男の人って、どうしてああ意地になるのかしら。困ったものです)
そうそう、先日送ったレシピはお役に立ったかしら。
時間が足りなくて完成版が送れなかったのが心残りだけれど、試作品のなかにも割と良いのがあったでしょう?
イズミル王子が早くあなたの魅力に気づいてくれることを心から願っています。
何かわたしに力になれることがあったら言って頂戴ね。協力は惜しまないわ!
ヒッタイトの王妃様にもよろしくお伝えください。
早く私達の友情が公に認められるよう、エジプトとヒッタイト両国に平和が訪れるよう、いつもお祈りしています。
それでは、また。
あなたの友 キャロルより
キャロル「しっかり封をして。これでよし、っと」
メンフィス「キャロル、何を書いているのだ?」
キャロル「あら、メンフィス。うふふ、ちょっとね。お友達にお手紙を」
メンフィス「手紙?」
キャロル「ふふ、気にしないで」
メンフィス「友達とは誰のことだ?」
キャロル「可愛い女の子♪」
メンフィス「・・・誰のことだ・・・」
キャロル「うふふ、ヒ・ミ・ツ。ダメよメンフィス、詮索しちゃ。女の子には秘密が多いものなんだから♪」
メンフィス「・・・・・・・・・・・・」
ルカ「ウナス、具合はどうだ?」
ウナス「ああ、ルカ。うん、もうだいぶ良いんだ。もう大丈夫だ」
ルカ「そうか良かった。いつものこととはいえ災難だったな」
ウナス「ああ、もう慣れたよ・・・・・・。しかしお前はどうして無事でいられたんだ? お前もキャロルさまのチョコを食べたよな?」
ルカ「いや、私は食べていない」
ウナス「え?」
ルカ「口に入れるふりをして、こっそり袖のなかに落としたんだ」
ウナス「ええ〜〜〜っ」
ルカ「目の前でお前が倒れたんだ。それを食べるなんて自殺行為ができるはずがないだろう」
ウナス「ルカ! お、お前それはズルイぞっ。じゃあ、キャロルさまに『美味しいです』とか言ってたのは・・・」
ルカ「嘘に決まってるだろう」
ウナス「ええぇっ!? お、お前、その一言で王宮中にどれだけ被害が拡大したか分かってるのか?」
ルカ「もちろん分かっている。ついでにいえば予想もしていた。だが仕方がない。色からみてもお前のチョコとは別の凶器が仕込まれていたのは間違いないし・・・」
ウナス「・・・凶器って・・・」
ルカ「お前と違って、そんな危険物を口にできるほど私は命知らずじゃない」
ウナス「俺だって命がいらないわけじゃない!」
ルカ「そうなのか? お前はナイルの姫のためならいつでも命が捨てられるんじゃなかったのか? バビロニアあたりでそんなことを言っていただろう」
ウナス「捨て方というものがある。こんな馬鹿馬鹿しい死に方は御免だ。まるきり無駄死にじゃないか」
ルカ「まあそうだな」
ウナス「お前な; その話、他のやつらにはするなよ。お前が思っている以上に被害者は多いんだ。袋叩きにされるぞ」
ルカ「あたりまえだ。お前だからこそ話したんだ」
ウナス「ルカ・・・お前そんなに俺を信用して・・・(感動)」
ルカ「お前は単純だからな。恨みも怒りもすぐに忘れるから安心だ」
ウナス「・・・ルカ・・・」
ルカ「冗談だ。そんなことよりせっかくの休暇だろう、ゆっくり寝ていろ」
ウナス「休暇じゃない」
ルカ「だが、こんなことでもなければお前は休めないだろう。ほら、見舞いも持ってきてやったぞ」
ウナス「ああ悪いな。ところで、その隠したキャロルさまのチョコはどうしたんだ? やっぱり捨てたのか?」
ルカ「まさか。そんな不敬な真似ができるか」
ウナス「なにを今更。それじゃあどうしたんだ?」
ルカ「・・・・・・ナイルの姫のお手作りというだけで、十分価値があるからな。有効に活用させていただいた」
ウナス「有効に活用?」
ルカ「気にするな。それよりほら、見舞いのりんごが剥けたぞ」
ウナス「ああ、ありがとう」
ルカ「ヒッタイトから不穏な知らせも届かないし。王子は注意書きを守ってあのチョコを飾ってくださっているのだろう」
ウナス「ん? なにか言ったか?」
ルカ「いいや何も。気にするな」
ウナス「ふ〜ん(もぐもぐ)」
ミラ「イズミル王子さま、お加減はいかがでございますか?」
イズミル「ミラか。大事無い、もう大丈夫だ」
ミラ「それはようございました。急にお倒れになられた時にはどうしようかと思いましたわ」
イズミル「・・・心配をかけたようだな。すまなかった、許せ」
ミラ「まあ、許せだなんておそれおおい。ですが王子の御不調が諸外国に知れずにすんで、本当にようございました」
イズミル「うむ…ときにミラ、そなた手に何を持っているのだ」
ミラ「え? あ、あのこれは・・・・・・その、最近エジプトの王宮では“ばれんたいんでい”なる催しが流行していると聞きまして。なんでも想いを寄せる殿方に女性が菓子を贈るとか。素敵な催しだと思われませんか?」
イズミル「そ、そうだな・・・」
ミラ「それで、その、ナイルの姫の“特製れしぴ”というものを手に入れまして、“ちょこれーと”なる菓子を作ってみたのでございます」
イズミル「そ、そうか・・・」
ミラ「カカオやら蜂蜜やら、唐辛子やらワサビやら、珍しい材料が多くて苦労いたしましたが、姫君のれしぴに忠実に作り上げたつもりでございます。王子さま・・・よろしければ召し上がってくださいませ」
イズミル「・・・・・・・・・・・・い、いや。わたしはよい、遠慮しておこう」
ミラ「なぜでございます!? 王子さまは、ルカから送られてきたナイルの姫のチョコは召し上がられたのでございましょう?」
イズミル「いや、それは・・・・・・そ、そなた、そのような情報をどこで仕入れたのだ? ナイルの姫のれしぴなど、この私でさえも知らなかったことを・・・」
ミラ「女の情報網を甘くみてはいけませんわ。そんなことより。さあ、王子さま!どうぞ召し上がってくださいませ!」
イズミル「よいと申しておろう。欲しくはないのだ、さがっておれ」
ミラ「ですが・・・」
イズミル「くどいぞ」
ミラ「ああ、王子さま…なぜなのです……。そのように満身創痍で臥せっておられるのは、すべてナイルの姫のせいだというのに。傷つかれてなお、ナイルの姫を想われる……ああ〜わたくしは姫を!恨んでしまう〜〜〜」